『  小さい秋  』  

 

 

 

 

 

  ― よっい せ・・・!

 

ジョーは自転車を押して長い坂道を登っている。

坂の勾配は急な上に舗装は不完全で道はでこぼこ・・・ オマケに向かい風だ。

思わず駆け声を出してしまったけれど ・・・

 

     あ  は ・・・  バカみたい ・・

     これって  ただのクセだよなあ

 

荷台と前籠の山もりの荷物を押さえつつもふっとほろ苦い笑みが浮かんでしまう。

こんな坂 そして これっぽっちの荷物など、 彼、009にとっては

なんてこともないはずである。

「 っとにバカだな。  もう慣れたはずじゃないか。 」

ぼそり、と自分自身に言い聞かせる気分で声にだしてみる。

まあ たとえ大声で叫ぼうとも 文句を言うヒトとていない辺鄙な地域であるが・・・

「 ふ ・・・ それに さ。  いろいろ ・・・その・・・翻訳機とか便利になったし。

 ぼくにも ウチ ができたんだもの な  」

彼は ちょっとはにかんだ笑みをうかべ、もう一度 よいせ! っと掛け声をあげ ―

自転車を押しがしがし 急坂を登っていった。

 

     ふんふんふん〜〜♪

     ・・・ 小さい秋 ・・・・ ♪  み つけた 〜〜

 

ご本人にはあまり似つかわしくないハナウタが 自転車からこぼれて聞こえていた。

 

 

 

彼があの日まで暮していた施設では 買出し は年長の子供たちの仕事だった。

だからぎっちり重い買い物袋を持って帰るのは馴染んだ作業だ。

あの頃は重くて面倒くさくて大キライだった < 仕事 > が ― 今、彼にとっては

微笑みの源なのだ。

この重い荷物を待つヒトが それも溢れる笑顔で迎えてくれるヒトがいる ・・・

< ありがとう > の言葉と笑顔がこんなに嬉しいなんて・・・思ってもみなかった。

  ・・・ 彼女の笑顔のためになら なんだってできる!

彼は本気でこころからそう思っている。

それはジョーにとって 初めて経験する精神状態なのであり・・・

 

  ―  そう ・・・ 彼のこの家での生活は ―  至福の時、なのだ。

 

 

   ビュウ −−−− ・・・・ !    

 

 

海からの風が冷たさを増して 彼の後を吹きぬけていった。

 

 

「  ただいまぁ 〜〜〜 

坂の天辺にある家、ちょっと古めの洋館の玄関で ジョーは声を張り上げた。

この家のセキュリティはほぼ鉄壁で、 玄関の前まですんなり来られるのは

<登録済み> の人間だけなのだ。 

だからわざわざ大声で帰宅を告げる必要はないのだが ― どうしても言ってみたい。

やがて家の奥から軽やかな足音が近づいてくる。

 

  パタパタパタ ・・・・・    カチャリ。   玄関のドアが開く。

 

「  お帰りなさい、 ジョー。 」

金髪碧眼の彼女の笑顔が 彼を迎える ―  ジョーにはこの瞬間がたまらない!

 

   ・・・ うっわ ・・・ !   ずきゅ〜ん・・・と脳天まで熱いマグマが吹きあがる。

 

「 あ ・・・ ただいま。  頼まれたもの、全部買ってきたよ〜 」

「 ありがとう〜〜 沢山で大変だったでしょう?  助かるわあ〜 」

「 えへ ・・・ この位 なんてことないよ・・・  」

ジョーは両手に買い物袋をさげ えいや!っと玄関框を上がる。

 

   ふわん  ・・・・   家の奥から甘い香りが流れてきた。

 

「 ?  ・・・・ いいにおい〜〜〜  何? 

「 え? ・・・ ああ、 あのね、 林檎を煮ているの。 

 昨日ねえ、 台風で落ちてしまったものとか・・・箱で安売りしていたのよ。  」

「 林檎?  今日の買い物リストに入っていたよね?  結構沢山かったけど ・・・? 」

「 ええ それはデザート用でしょ?  今 煮ているのは <冬支度> 」

「 冬支度 ・・・? 」

「 そうよ。  冬のために用意しておくの。 沢山つくるつもりだからこの冬は安心よ。 」

「 ・・・ へ ・・・え ・・・? 」

「 さ ・・・ お茶にしましょ?  カボチャのシフォン・ケーキを作ってみたわ。 」

「 わお〜〜〜  じゃ これ・・・大急ぎで冷蔵庫に入れてくるね。 」

「 ああ 生鮮食料品だけ よ?  ジョー、この前石鹸も冷蔵庫に入っていたわよ。 」

「 あ ・・・ごめん。 ぼく、なんでもかんでもとりあえず、入れちゃうんだよな 」

「 ふふふ  ナマモノだけ お願いします。 」

「 了解 〜〜〜  よいせっ! ・・・とぉ〜〜 」

 フンフンフン〜〜〜 ♪ 彼は足取りも軽くハナウタまじりにキッチンへ消えた。

 

 

現在 この岬の家での住人は三人の大人と赤ん坊が一人。

クリスマスとご当主の老人の誕生日には 年齢もまちまちな外人さんたちが集うこともあるが、

普段は森閑としていて訪れるヒトもあまり いない。

そんな中で 3人 + 1人 の新生活が多少ぎくしゃくとスタートした。 

大勢でわいわいやっているのは それなりに楽しかったし気楽でもあった。

しかし <家族> の人数が少なくなると お互いに必要以上に気を使ってしまい

顔を突き合わせているのがなんとなく気詰まりで それぞれ自室に篭りがちになった。

 

   これじゃ ・・・ ただの <寄せ集め> だよなあ・・・

 

ジョー自身、そう感じるのだけれど 自分からの一歩が踏み出せず、どうしてよいか判らなかった。

しかし ― 意外なところに解決の糸口があった。

 

   「  さあ。  美味しい御飯、つくるわよ〜〜 」

 

そんな彼女のひと言が 博士とジョーを部屋から引っ張り出した。

「 ほう・・・? メニュウはなにかね? 」

「 ・・・ うわあ〜〜 ぼく、食べたことないけど ・・・ いい匂い! 」

二人はちょいちょいキッチンに顔をだすようになった。

一旦 糸口が開けると後は ― 案外スムーズだった。

「 フラン〜〜 蒲団、 取り込んできたよぉ 」

「 あら ありがとう!  重かったでしょう? 」

お茶の時間が終わり、ジョーは カボチャ・シフォンケーキに大満足し。

物干し場に最後に残っていた蒲団を 取り込みに行ったのだ。

 

  蒲団干し。  ・・・ フランソワーズは この国にきてこの習慣をしり たちまち虜になった。

 

「 う〜〜〜ん♪ ・・・ お日様の香りがするわぁ〜〜 」

彼女はご満悦で 取り込んだ蒲団やら枕とじゃれ合い、顔を埋めたりしている。

「 チビの頃からさ、 布団干しが始まると あ〜〜秋だあ〜 って思ったよ。 」

「 ふうん ・・・ 夏には干さないの? 」

「 え。 だって夏に蒲団なんか干したら 夜暑くてますます寝られないよ〜 」

「 あら そうなの。  ふうん ・・・ 」

秋の初めころ、この地に落ち着いた。 フランソワーズはまだこの国の粘っこい夏をしらない。

「 よ〜〜〜い せっ !っとぉ・・・ 」

「 ジョー?  ・・・悪いんだけど ・・? 」

「 あ〜 わかってますって。 皆の部屋までお届けにあがりまぁすぅ〜〜〜 」

彼は担いでいた蒲団を そのまま二階の各自の寝室へと運んでいった。

 

 

   コトコト  ・・・ コトコト ・・・

 

「 うわあ・・・ いい匂い〜〜  またお菓子、作っているの? 」

ジョーがひょっこりキッチンに顔をだした。

「 あら  ・・・ なあに、コーヒー? 」

「 なんか飲みたいな〜 と思って下まできたらすごくいい匂いがするから さ。 」

「 ああ ・・・ これ? 」

フランソワーズはレンジに掛けている大振りな鍋を指した。

「 うん  甘くていい匂い〜〜♪  なに? 」

「 林檎を煮ているの。 ほら、さっき話した冬支度よ。 」

「 ふゆじたく? 」

「 そうよ。  ほら、 昨日たくさん林檎を買ったでしょう? あれをお砂糖で煮込んでいるの。

 しっかり煮込んで瓶詰めにして ・・・ 冬の食料用に貯蔵しておくのよ。 

 冬になると果物とか ・・・ 少なくなるでしょう? 」

「 へ ・・・ え ・・・・?  でもさ、林檎って冬にも沢山あるよ? 」

「 まあ ・・・ そうなの? 」

「 うん。 あ でも ・・・ 煮込みにするりんごとは違うのかも・・・ 

 う〜〜〜ん ・・・ すごくいい匂い〜〜〜  ねえ ちょっとだけ ・・・味見 いい? 」

「 ・・・・ ちょっと よ?  まだ完成してないけど ・・・ 」

「 わお♪  あ ぼく 自分で取るから ・・・  熱っ! 」

「 気をつけて ・・・ 煮立っているのよ〜〜 」

「 ふぁ ふぁ ・・・・ う〜〜ん 美味しい〜〜〜〜♪ 」

「 ふふふ よかった♪  これでねえ、デザートだけじゃなくて。

 豚肉と焼いたり、 ハムとあわせたり・・・いろいろ使うの。 」

「 楽しみ〜〜〜 」

「 だからつまみ食いはダメよ? 」

「 ハイ・・・ 」

ジョーはぐつぐつ煮えている鍋をながめ ほわ〜ん・・・といい気分だった。

 

やがて 翌日にはピンク色の林檎煮が詰まった壜がいくつも食料庫に並んだ。

数日後にはピクルスの壜も増え ・・・ ジョーは時々訳もなく眺めて楽しんでいた。

 

 

岬の家でも朝晩、冷めたい風が吹きはじめると 裏山の木々が <衣替え> をする。

ギルモア邸の庭にも沢山の落ち葉が舞い降り始めた。

「 ぼくが庭掃除担当。  任せて。 」

ジョーは自分からそう言い出して 毎朝ホウキを持って庭に出る。

「 ジョー。 毎日大変でしょう? 順番にしない? 」

「 いいよ いいよ。 ぼく、子供の頃から当番でやってて なれてるからさ。 」

「 でも ・・・ 」

「 大丈夫。  だってきみは食事の仕度、ずっとやってくれてるだろ? 」

「 え ・・・ ええ ・・・ 」

「 だから 掃除とか洗濯物と蒲団干しはぼくが担当するよ。 」

「 ありがとう、ジョー。   ・・・ 今朝は随分冷えるから気をつけてね。 」

「 ウン  掃除終るころにはぽかぽか さ。 」

「 あつ〜〜いカフェ・オ・レ、 用意しておくわ。 」

「 サンキュ♪ 」

ウールのマフラーを巻いて 彼は庭に飛び出していった。

「 フウ ・・・・   あ。 そうだわ。 そろそろあの季節 ね。  ねえ ママン? 」

フランソワーズは一人 玄関でにっこりしていた。

  冬を迎えるための大切な準備 ― それは。

 

 

   コトン ・・・   母が大きな藤の籠を居間のソファの横に置いた。

 

「 あ! ママン 〜〜  毛糸 ね? 」

フランソワーズは目敏くみつけ 母の側に駆け寄ってきた。

マダム・アルヌールはにっこりと娘を見やった。

「 そうですよ、ファン。  いい色のが手に入ったの。  解いた毛糸もたくさんあるし。

 セーターに ・・・マフラーと手袋 ・・・ 今年は沢山編めそうよ。 」

「 うわあ〜〜ステキ♪ ねえねえ 新しい毛糸、みせて? 」

「 ええ いいわよ。 ファンにはどの色がいいかしらねえ・・・ 」

「 え〜〜と ねえ?? 」

母と娘は 毛糸球を取り出しあれこれ・・・吟味する。

 

「 やあ ・・・ 編み物の季節到来 だな。 」

「 パパ! お帰りなさい! 」

アルヌール氏は 飛びついてきた小さな娘をひょい、と抱き上げまあるい頬にキスをする。

「 ただいま、ファン。  今年はいい色が揃ったな。 」

「 そうなの〜〜 パパ。 ファンは手袋もお願いしちゃった♪ 」

「 おかえりなさい、あなた。  今夜はポトフよ。 」

「 ただいま ・・・  う〜ん 冬の匂いがしてきたな ・・・ 」

父は母を抱き寄せてキスをし笑っている。

「 まあ そう?  ポロ葱の匂いじゃない? 」

「 それと ・・・ 毛糸の匂いもあるな。 」

「 そうね。  あなたのセーター、お好みの色で編めそうよ。 」

「 お それは嬉しいなあ。  そろそろコートが恋しい温度になってきたからね。 

 お前のセーターがあれば どんな冬だって快適さ。 」

「 うふふふ ・・・ 任せて頂戴。 」

「 うん 期待しているよ。 」

満面の笑顔で父と母はまた軽くキスを交わす。

 

夕食の食卓でほかほかの湯気があがる深皿を 家族は感謝して笑顔で囲む。

「 ねえ お兄ちゃん。 アタシ、新しい手袋なのよ。 」

「 あ〜 オレも〜〜 手袋〜〜 」

「 お兄ちゃんったら。  また失くすんじゃないのぉ〜〜 」

「 うっるさ〜い ! 」

「 ・・・ いったぁ〜い ・・・ ママン お兄ちゃんがぶったぁ〜 

「 これこれ。 食卓で騒がない。 」

「 ぶってなんかいないだろ、ちょっと押しただけだ ! 」

夕食時 また編み物が話題となり、 兄妹は馴れ合いの突き合いをしている。

「 皆の手袋、新調よ。  でも今年は失くさないでね ジャン。 」

「 ジャン。  今度失くしたら ― この冬は手袋ナシだぞ。 」

「 わ〜かってるってば パパ。  あ! オレさあ、濃紺のがいいな。 」

「 アタシはねえ ピンクに白で雪の模様〜〜 」

家族のてんでな注文にも マダム・アルヌールはにこにこ・・・耳を傾けていた。

 

アルヌール家の居間で 母が編み物を始めると ― 冬の足音が近づいてくる。

キッチンから 林檎煮の甘い香りやピクルスの酢の香りが漂ってくると

家族は秋もそろそろお終いなのだな、と感じていた。

それらはクリスマスの季節の前の 大切な行事だったのかもしれない。

 

この国に住み始め 初めての冬が近づいてきた。

故郷の街とは比べ物にならないくらい温暖な地域なのだが ― やっぱり冬の支度は必要だろう。

朝晩が冷え込みはじめた頃 彼女は決心をした。

「 うふ・・・・  今度はわたしが 秋や冬の支度をする番ね。 」

フランソワーズはわくわくしていた。

毛糸玉の手触りやら 家中に漂ういい香り 父の厚ぼったいオーヴァの感触 母のよそ行き用の

しっとりした毛皮のストール ・・・ 記憶の中での冬支度は まだこんなにも鮮やかだ。

「 博士とジョーのセーターでしょ。  ジョーにはマフラーと手袋もいるわね ・・・

 あ・・・わたしも手袋、なかったわ。 さあ〜て。 忙しくなるわよ〜〜 」

岬の家の主婦はに〜んまり・・・腕捲くりをして大いに張り切っていた。

 

「 ふんふんふ〜〜ん♪  いっぱい買えたわあ〜 」

翌日 大きな袋を抱えてフランソワーズはご機嫌で帰宅した。

「 日本の毛糸ってすごくいろんな色があるのねえ ・・・ 感心しちゃったわ。

 思っていたよりずっと安かったから いっぱい買えたし〜〜♪

 うふふふ ・・・ さあ〜て?  どう組み合わせようかなあ・・・ 」

リビングのソファに毛糸を並べ 彼女はあれこれ合わせて楽しむ。

この極東の国で、初めは食料品やら衣類の豊富さに目を見張っていた。

ことに衣類は 既製品が驚くほど安いものもあることを知った。

「 そりゃ 買えば簡単よね。  でも わたし ・・・ やっぱり冬支度は自分の手でやりたいわ。

 だって・・・・ えっへん♪ わたしはこの家の主婦なんですもの♪ 」

おだやかな秋の日が リビングに満ちている。

一日中聞こえる波の音も賑やかさは消えてきた。  朝晩の海風は冷たさすら感じる。  

「 それじゃ ・・・ まずは手慣らしにジョーのマフラーから編もうかな。

 う〜ん ・・・ 何色が好きなのかしら。  やっぱり青系等かなあ ・・・ 」

  冬が ― やってくる。  

 

「 ただ今〜   わお〜〜〜 なになに〜〜 これ! 」

ジョーはリビングに入るなりソファの上を見て目をぱちくりしている。

「 おかえりなさい、ジョー。  これでジョーのマフラー 編もうと思って。 」

「 ・・・ 編むって ・・・ き きみが? 」

「 ええそうよ。  ねえ どんな色がすき。 」

「 え。 リクエスト していいの? 」

「 勿論よ。 ジョーのマフラーですもの。 」

「 うわ・・・ 本当???  え ・・・ この中から選んでいいのかい? 」

彼は目をまん丸にして色とりどりの毛糸玉をながめている。

「 ええ お願い。  お好きなのをどうぞ? 三色くらい合わせてもいいのよ。

「 ・・・・・・ 」

息を詰めるみたいな顔をして 彼はそう〜〜・・・っと毛糸玉を持ち上げたり転がしたりしている。

「 ・・・ これ と これ。 い いいかな? 」

ジョーは焦げ茶と薄いセピア色の毛糸を選んだ。

「 まあ いい取り合わせね。 ジョーの髪にぴったりだわ。 」

「 えへ・・・そ そうかな〜〜 」

「 ええ。 シックでいいわあ〜  じゃあ 早速編むわね。 長さはどれくらいがいい? 」

「 え・・・ 普通でいいや。   ・・・ その ・・・ あんまり長いのは ・・・ 」

「 うふふ ・・・ そうよね、邪魔よね。 」

「 うん  邪魔だよ、すごく。 」

二人は目を合わせ ぷ・・・っと吹き出した。

「 了解〜〜 ねえ ペアで手袋、編みましょうか? 」

「 ぺ  ペア !?  そ その ・・・ だ だだ 誰と・・・? 」

「 え? だから マフラーと同じ色で手袋も。 ペアだとステキだと思うけど? 」

「 ・・・ あ  ああ そっちのペア か ・・・ 」

「 ??  あら セーターとペアの方がいいの? 」

「 ・・・ い いや。  きみに任せるよ ・・・ 」

「 そう? ありがと、ジョー。  さあ〜〜て 今晩から忙しくなるわぁ〜 」

フランソワーズは毛糸の山を観てにこにこ ・・・ そんな彼女を眺めてジョーもにっこりしていた。

 

  ― その日の夜から  ギルモア邸のリビングの消灯時間が延びた。

  

4人だけで岬の家での暮しが始まったころは、 夕食が終ると博士はイワンを連れて

早々に研究室へ引き上げ ジョーも後片付けを手伝うとそのまま自室に篭っていた。

フランソワーズも自室にもどることが多かった。   それが ・・・

 

「 ほう ・・・? 毛糸編み かな。 」

博士もにこにこ ・・・ フランソワーズの手元を覗き込む。

「 はい。 冬支度に、と思って ・・・ 鮮やかな色の毛糸をたくさん見つけました。 」

ほら ・・・ と彼女は毛糸玉を入れた籠を持ちあげてみせた。

「 暖かそうじゃな。  ほんにもうそんな季節なんだなあ・・・ 」

「 博士、色のリクエスト、ありますか? マフラー、編みますわ。 」

「 え ・・・ ワシにかい? 」

「 ええ。  ここの冬は海風が寒そうですもの。 お散歩の時にでも使ってください。 」

「 ・・・ ありがとう、すまんのう ・・・  それでは・・・これと ・・・ これ かな? 」

籠の中を眺め 博士はオレンジ系と茶色の毛糸玉を選びだした。

「 あら暖かそうな組合わせですわね。  はい、承りました♪ 」

「 お願いします。 」

二人は毛糸玉を間に クスクス・・・ 暖かい笑みを交わした。

  ・・・ そして次の晩から。  博士はリビングのソファで本を広げるようになった。

その日のニュースやら天気のことなど、若い二人とぽつぽつ・・・会話が進む。

ジョーもごそごそ、ソファで雑誌を広げたりしている。

「 あの ・・・ さあ。 お願いがあるんだけど・・・ 」

「 ・・・ 細編みで二段でしょ それから ・・・  え? なあに、ジョー。 」

「 あ ・・・ ごめん、声掛けないほうがよかった? 」

フランソワーズは編み目から視線をはずさずに答えた。

「 ううん 平気よ。  耳はちゃんと聞いているから ・・・  で なんなの、ジョー。

 あ  オーツ・クッキーなら昨日焼いたのがカンに入れてあるわよ? 」

「 ちがうよ。  ・・・ でも後でクッキーも ほしいけど・・・ 」

「 ?? 」

「 あの さ。  見てても・・・ いいかなあ ? 」

「 ?? なんのこと? 」

「 うん ・・・だから さ。 きみが編んでいるところ。  見てても いい? 」

「 え・・・  別に全然構わないけど ・・・ 面白くなんかないわよ? 」

「 ぼく さ。  初めてなんだ ・・・ 」

「 はじめて ・・・ ? 」

「 うん。  こうやって ・・・ その ・・・誰かが編み物をしてるの、側で見るのって ・・・ 」

「 ・・・ そうなの ・・・? 」

彼はずっと施設で育った、と聞いていた。

どんな生活だったのか、ごく普通の家庭で育った彼女には想像もつかなかった。

 

     あ ・・・  それで キッチンとかに居たがるのかしら ・・・・

     

こまごました家の用事 を彼がとても物珍し気に眺め、時におっかなびっくり手を出すのを

思い出した。

「 ええ もちろん構わないけど ・・・ 同じことの繰り返しよ? 」

「 ちがうよ〜 

「 え。  なにが 」

「 同じこと、じゃないよ。  だってほら・・・ 全然ちがう風に編んでいるじゃないか 」

ジョーは編みあがりつつあるマフラーの模様編みの部分を指した。

「 そう?  でも基本は同じなのよ。 編み棒でこうやって・・・ 毛糸を組んでゆくだけ。 」

「 でも面白いんだ。  見ててもいい? 」

「 どうぞ どうぞ。  ふふふ ・・・ あんまりじ〜っと見ていると目が回るわよ? 」

「 だ 大丈夫さ! 」

ジョーはこそ・・・っと彼女の隣に座り その手元をしげしげと覗きこむ。

「 やだぁ〜 そんなに熱心にみられちゃうと緊張しちゃうわ ・・・・

 ねえ 雑誌でも読んでて?  それで ・・・ ちらちら 見ててね。 」

「 うん わかった。 

彼は素直に雑誌を取り上げ ・・・ 読んでいるフリをしていたが視線は彼女の手元に釘付けだ。

ちょっと参ったけれど フランソワーズはなるべく気に留めないことにした。

 

    ・・・ まあ いっか。 ホントに変わったヒトねえ・・・

    編んでいるところが見たい なんて 〜 

 

白い指が編み棒をあやつり ただの毛糸がどんどん ― 平面になり模様が出来上がる。

ジョーはそのマジックから目が離せない。

 

    ふんふん ・・・ えっとここで透かし編みを一段づつ入れて・・っと・・・

 

    ― あら?  ・・・ まあ なんて笑顔なの ジョー ・・・?

    ふふふ ・・・ なんだかわたしまで嬉しくなってきたわ 

 

    あれ。  同じ顔、してたわね ・・・ ほら キッチンで。

    そうそう 林檎煮とかピクルスを瓶詰めしているときよね

    ヘンなの〜  そんなの、どこの家だってママンがやっているわよねえ?

 

    ・・・ え ・・・ このヒト ・・・ 孤児 ・・・って ・・・

 

 

        あ。   そういうこと ・・・ 知らないんだ 

 

 

  ― ズキン ・・・ !   彼女の心に鈍い痛みが広がる。

 

編み棒は相変わらずリズミカルに動いているが その手は震えを必死に隠していた。

熱心に編み物をする彼女を ジョーはひどく幸せそうな顔で見ている ・・・

そんな彼の中に潜んでいる   < ちいさい秋 >  ・・・ 一人ぼっちの季節を

彼女は今 見つけ・感じ ― 唇を噛んだ。

 

     わたし。  彼のこと、何にもわかってない ・・・!

 

ちいさい秋 ・・・ その歌を知ったのは彼がよく口ずさんでいたからだ。

「 ・・・ なんだか淋しい歌ねえ ・・・ 」

「 え?  歌 ?? 」

「 そうよ、ジョーってば 今歌っていたじゃない? 」

「 あ ・・・ そ そう?  あは ・・・ ぼくの口癖なのかも ・・・ 」

「 そうなの?  ・・・でもなんだか悲しい歌みたい。 」

「 え ・・・ 悲しいかなあ? あの歌、すご〜く古い歌なんだって。 

 その頃ってばあんなカンジの曲が多かったらしいよ。 」

「 ふうん ・・・ でも ・・・ ちいさい秋 って。 なんかちょっと淋しいな。 」

「 う〜ん ・・・ そう? 女の子って皆おセンチだからなあ〜 」

「 おセンチ?? なに それ。 」

「 ・・・・ え〜〜っと ・・・ う〜ん ・・・ちょぴっと悲しいのが好き、ってことさ。 」

「 そんなんじゃ ・・・ ない けど。 」

それ以上は言わなかったけれど フランソワーズは心を打たれた。

 

    ジョーってば  いつも ・・・ ずっとこんな淋しい歌、歌ってたの?

    ちいさい秋 ・・・って。  

    ・・・ 淋しいわ。  ううん、メロディー とか 歌詞じゃないのよ

    この歌を 歌っているジョー ・・・ ひとりぼっちなジョー 

 

    ・・・ 淋しいわ  

 

フランソワーズの心に ぽつん・・・と一人でいる少年の姿が浮かんだ。

小声で歌をうたいつつ 必死で涙をこらえている一人ぼっちの少年

小さいジョー ・・・ 彼はその心にちいさい秋を抱え込んでいる ・・・ のだろうか ・・・

 

編み物の手が 少し遅くなってしまった。

 

 

マフラーは 落ち葉がまだ盛んに舞い散るうちに完成した。

「 博士〜〜 はい どうぞ♪ 」

「 おお おお ・・・ これはいい。 これはほんに暖かいのう ・・・ 」

博士はオレンジ基調に茶色の模様編みの入ったマフラーを巻いてご満悦だ。

「 おっほん? どうかな?  若返った気分じゃな。 」

「 よくお似合いですわ。 うふふふ・・・嬉しくなっちゃう。 」

「 嬉しいのはこっちじゃよ、フランソワーズ。 ありがとうなあ。 大切にするぞ 」

「 どんどん使ってくださいね? その色なら博士のコートにも合いますわ。 」

「 うんうん ・・・ コズミ君にも見せびらかそう。 」

「 まあ ・・・ ふふふ でもう〜んと自慢してくださいな。 」

 

「 ただいま!  あ ・・・ 博士〜〜 カッコイイですね〜〜 」

「 お。 ジョー、お帰り。  どうじゃ? 結構ワシも男前じゃろ? 」

「 いいですよ〜〜 すごく。  博士って案外派手な色が似会うんですね〜 」

「 案外ってことはないだろ? ふんふん この色はお前には着こなせまい。 」

「 う〜〜ん ・・・ ちょっとクヤシイなあ・・・ 」

「 ジョー。 お帰りなさい。  ジョーのも完成よ、 ほら ・・・ 」

「 え!   ・・・・ わあ ・・・・・ 」

ほわ・・・っと渡されたマフラーを前に ジョーは固まっている。

「 あ  あの ・・・ こ これ ・・・ ぼく の? 」

「 ええ そうよ。 リクエストの毛糸、ちゃんと使いました。 」

「 う わ ・・・ 」

彼はじ〜〜〜っと手の中のマフラーを見つめたままだ。 

「 ・・・ あの この色じゃイヤだった? ちょっとアクセントに赤を入れたんだけど・・・

 気に入らないのなら編みなおすわね。 」

フランソワーズはマフラーを外そうと手を伸ばした。

「 !  う ううん!!  ううん!  イヤだなんて・・・ ちがうよ! 」

ジョーはいきなり ぱっと飛び下がるとマフラーを両手で押さえた。

「 うわ ・・・ びっくりした〜〜 やだ、ジョーってば〜〜 」

「 あ ・・・ご ごめん ・・・ あの ・・・ 」

「 いいのよ。 でも本当にいいの?  いつでも編みなおすわよ。 」

「 いい いい! これで・・・ ううん、 これがいいんだ! 

彼は今度はそうっとマフラーに触れじ〜〜っと見つめている。

こげ茶にセピアが混じり アクセントに赤い模様編みが入っている。

一見地味な色合いなのだが ― ジョーのセピアの髪に実によく映える。

「 ほう〜〜 よく似会うぞ、ジョー。  フランソワーズのセンスはたいしたもんじゃなあ

 うん さすがパリジェンヌ  

「 うふふ  ありがとうございます、博士。  」

「 ・・・ あったかい ね これ。  ぼく こんなに暖かいマフラー・・・初めてだ 」

「 そう? いい毛糸だから雪の日だって大丈夫よ。 」

「 ウン ・・・ どんな日でも ぼく、これと一緒だよ。 すげ ・・・あったかい・・・ 」

「 うふふ〜ん♪  マフラーの部は大好評でした。 

 編み手としては最高な気分♪  〜〜〜 それじゃ第二部に移ります〜 」

フランソワーズもご機嫌で 毛糸の籠を持ち上げた。

「 あ! それじゃ 今日はぼくがお茶の用意、するね。 」

「 あら嬉しい。 この前、グレートが紅茶を送ってきてくれたのよ、あれを淹れましょうよ? 」

「 ほうほう・・・ それは嬉しいなあ。  実はな、ワシもスウィーツを買ってきたのじゃ。

 コズミ君 ご推奨のスイート・ポテトなんじゃが ・・・ 」

「 まあ〜〜〜♪  ありがとうございます、博士〜〜♪ 」

「 わお♪ 早速準備するね〜〜 熱々のお湯だよね、ポットにも一杯分〜〜っと♪ 」

「 おっと待った、ジョー。 最適の温度は紅茶の種類によって、だな〜〜 」

ジョーはキッチンに駆けてゆき博士がその後を追ってゆく。

「 はい?  博士〜 詳しいんですね。 」

「 ふふん・・・ワシは紅茶にはちょいと煩いのさ。  これは ・・・ うん、それなら温度は、だな 

 いいか? よ〜くみておれよ〜 」

「 はい。  ・・・ ふうん ・・・ 」

キッチンでは博士が紅茶談議を展開しているようだ。

「 うふふ ・・・ たのしいお茶たいむになりそう ・・・ 

 あ そうだわ♪ 苺ジャムを開けようかしら。  博士ならロシアン・ティ お好きよね。 」

フランソワーズも編み棒を置いて、 立ち上がった。

 

 

セーターに手袋が各自に渡された頃 ―  岬の家の空気が緊張した。

 

「  ―  了解。  警備を厳重にするよ。  うん ・・・ わかった。 」

ジョーは通信を静かに切った。

「 ジョー ・・・ アルベルト から? 」

フランソワーズがそっと声をかけた。  

「 うん。 ちょっとキナ臭いことになるかもしれない。 」

「 ・・・ え。  だって BGは 」

「 ああ 確かに本拠地は叩いた。  しかし支部は世界中に散らばっているし ・・・

 しぶとく潜伏している連中もいるだろうね。 」

「 ・・・ みつかったの? ここ。 」

「 いや まだだ。  しかし時間の問題だろうね。 準備は早いほうがいい。 」

「 ドルフィン号 ・・・ 出すの? 」

「 いや。 ぼくときみしかいないからね。  ドルフィンを出すには手が足りない。

 代わりに小型索敵機を出すよ。 」

「 あら 索敵ならわたしが ・・・ 」

「 うん、頼む。 データをぼくに送ってくれれば ぼくが ― 叩く。 」

「 データの件は了解です。  でもわたしも行くわ!  あの機は複座も可能でしょ。 」

「 可能だけど きみは 」

「 この前も言ったわよね?  わたしだって 003 なの。 

 わたしがナビをするから ジョーは迎撃に専念して。  その方がずっと効果的よ 」

「 わかった。  それじゃよろしくたのむ。 」

「 ラジャ!  ふふ〜ん♪ わたし達が組んだら天下無敵よ! 」

ジョーはちょっと笑って 手を差し伸べた。

「 あ 〜〜 握手!  作戦の成功をいのって ・・・ 」

「 はい♪ これはね 前祝よ?  成功を確信して。 」

「 ん ・・・ 」

フランソワーズは差し出された手をしっかりと握り返した。

 

 

博士とイワンは地下の研究室に避難してもらった。

「 ワシもここからデータを送るぞ。  イワン、頼む。 」

≪ ワカッテルヨ。  じょー、アノ小型索敵機ニハれーざーがんモ設置シテアルカラネ。 ≫

「 うん、知ってた。 」

≪ すてるす加工シテアルケド、海ニデタラ低空飛行シタ方ガイイヨ ≫

「 ― 了解。   それじゃ。 」

「 うむ。 気をつけて な。 」

「 はい! 」

≪ ジョー? 聞こえる?  ・・・ 現在位置を送るわ! ≫

≪ フラン!  ありがとう、今 行くよ! ≫

ジョーは 博士とイワンに軽く手をあげて挨拶すると地下室から消えた。

 

「 ― 来た わ! 」

索敵機の中で フランソワーズはじっと東の空を睨んでいる。

機に搭載したレーダーより遥かに速く 003は敵の存在を確認した。

≪ 009! 来たわ! ・・・・ 009? どこにいるの? 

すぐに脳波通信で呼びかけたのだが   返事がない。

≪ 009!? ・・・ ジョー? 

これは探しに行かねばならないか ・・・と 座席のベルトを外しかけた時 ― 

 

  カチャ  カチャカチャ ・・・・  ゴトン ・・・!

 

ガラスか瀬戸物が軽くぶつかり合う音が 彼女の耳に飛び込んできた。

≪ ???  ジョー??  どうしたの?? 

≪ ―  今 ・・・ 行くから。 

≪ ジョー!! ちょっと どこにいるの、 何をしているの? ≫

≪ うん。  完了した・・・すぐに戻る! ≫

≪ え?? ≫

ぷつっと脳波通信は切れ、彼女の耳には聞き慣れた特殊な音が残った。

 

  シュ ・・・!   そして 次の瞬間、機の側に彼が立っていた。

 

「 ジョー!?  なにをやっているの 急いでッ ! 」

「 う ・・・ ん  ちゃんと地下に保管、しておいたから! 」

「 保管?  なにを? 」

「 瓶詰めさ!  きみが作ってくれた ・・ りんご煮とかピクルスとかジャムとか・・・ 」

「 び 瓶詰め ですって?? 」

「 あと ・・ これ! 」

ジョーは大事そうに防護服の上着の下に抱えてきた毛糸のマフラーを見せた。

「 ぼくには  ― ぼくにはタカラモノなんだ! 」

「 え ええ?? 」

「 ぼくだけのマフラーなんだもの。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 本気 ・・・? 」

「 本気。 これ、世界にたったひとつしかない、ぼくの、ぼくだけのマフラーなんだ。

「 でも! この状況で ! 」

フランソワーズは少し眩暈がすぐほどだった。

「 これがあれば ぼくは千回だって再起できる。 絶対に負けやしない。

 このタカラモノを ・・・ その ・・・ 作ってくれたヒトを護るためならなだって する! 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

「 だからどうしても! これを取ってきたかったんだ。 」

「 ジョー ・・・ってば ・・・ もう ・・・ なんてヒト なの ・・・

 あのね。 わたしだって003なのよ? 護られているだけ、じゃありませんからね。 」

「 あ そ それは ・・・ 」

「 さ〜〜 行くわよ!  わたしの眼 とジョーの機動力があれば ふん ・・・

 あんな敵 チョロイわ!  ふん、ちょうどいい距離に入ってきたわ。 」

「 よし。 出撃するぞ。 」

「 ラジャ! 」

009と003は小型索敵機に搭乗し、 密かに岬の崖下から発進していった。

 

彼が育った施設では 衣食住はもちろん不自由などなく、十分な生活だった。

親切な寮母さんも 優しい神父様も いた。

 ― けど。  < ジョーだけ > のヒトは  いなかった ・・・

セーターもマフラーもちゃんと持っていたが ― 好きなモノを選ぶことはできなかった。

 

「 ああ そうさ。 だから。  ぼくは ― 彼女を そして 家族 を護るんだ!! 」

「 え? なに?? 」

後部座席から ナビゲーターの声が飛んできた。

「 な〜んでもないよ、003さん。  ほらおいでなすったぞ 」

「 そうね。 性格な座標を送るわ、あと ・・・ 敵の武装形態も! 」

「 オーライ〜〜    それじゃいっちょやったるぜェ〜〜 」

  キュゥ −−−−ン ・・・・!

ステルス機は スピードを上げ、向かってくるBG残党らしき飛行隊に照準を合わせた。

 

          勝負はあっという間終った 

 

小型機は悠々と辺りの海上を旋回し ・・・ のんびりと帰還してきた。

機から降りたジョーの第一声は  ― 

「 フランソワーズゥ〜〜 お茶タイムにさぁ アップルパイが欲しいなあ〜 」

「 今からじゃ無理〜〜  パンケーキに林檎煮 でどう? 」

「 うわぉ♪  それじゃ大急ぎで着替えてこうようよ〜〜 」

ジョーは彼の大切な・彼だけのヒトを さっと抱き上げ駆け出した。

「 え・・・ きゃ ・・・ もう〜〜〜  」

 

林檎の砂糖煮を心ゆくまで味わった後、フランソワーズは毛糸の籠を持ち出してきた。

「 ねえ 編んでみる? 」

「 ・・・え!?  ぼ ぼくが?? 」

「 教えてあげるから。   ほら こうやって ・・・ 」

「 え ・・・ う うわ ・・・・ 」

彼女は そっと ― 彼の後ろから手を取った。  

 

    ねえ こうやって。 

 

    アナタの中の ちいさい秋 は ぽかぽかな季節に変えられるわ ね?

 

ジョーは ひたすら・・・ 毛糸よりも真っ赤になっていた。

  ― まあ そして その後もいろいろ奮闘いたしまして。  二人はめでたく結婚し。

例のお気に入りのマフラーも、結婚後 いつのまにかどこかに紛れてしまった。

ジョーは きっとタンスの奥にでも突っ込んであるのだろう、と信じていた ・・・が  が。

 

「  え?  マフラー??  ジョーの? 」

「 うん。  あの ・・・ こげ茶とベージュのヤツ。 きみが ・・・ 編んでくれただろ? 」

「 ・・・ こげ茶とベージュ??? 」

「 そうだよ。 ・・・ずっと前 さ。  まだ一緒になる 前に ・・・さ。 」

「 ! あ あ〜〜〜 あれ。 赤い模様編みが入っているのでしょ? 」

「 そう! あれ・・・また使いたいんだけど。 

「 え。 」

「 どこにしまってあるのかなあ ・・・ 教えてくれたらぼくが出すから さ。 」

「 あ〜 ・・・ え〜と。  あれ ねえ 」

「 うん あれ。 ぼくのお気に入り♪ 」

「 ええ そうねえ  そうだった わねえ 」

「 うん。 で どこ? 」

「 他のじゃだめ? ほら、紺と青の、去年編んだでしょう? 」

「 うん。 あれも好きさ。   で こげ茶のはどこ。 」

「 ・・・ あ〜  あれ ねえ ・・・ 」

「 うん。 」

「 ―  あれ・・・ 解いてモヘアを足して ・・・ チビたちのお包みになって ね 」

「 ・・・ ち チビたちの  おくるみ・・?? 」

「 ええ そうなのよ、赤ちゃんの頃の ・・・ で その後は毛布代わりでさんざんすぴかが齧ったり

 すばるが舐めたりして ・・・ ぼろぼろになって ・・・ そのう〜 ・・・ 」

「 ぼろぼになって !? 」

「 え〜   捨てちゃったの・・・ 」

「  ・・・・・・・・・・  ( がび〜〜ん ・・・・ ) 」

「 ねえ いいじゃないの、新しいの、いくらでも編むから〜〜 ね? 」

「 ・・・う うん ・・・ 」

ちゅ・・・っとキスをもらって、それはそれで嬉しいのだけれど。

「 ― オトコにはさあ ・・・ お気に入りへの拘りってもんがあるんだけど なあ ・・・ 」

 

     ・・・ 小さい秋  ・・・ ♪   み  つけた ・・・

 

彼はこそ・・・っと懐かしい歌を 口ずさんでいた。

 

 

 

*******************************     Fin.   ********************************

 

Last updated : 10,09,2012.                          index

 

 

 

********************    ひと言  *****************

なんてことない小噺ですが ・・・

フランちゃんが編み物するシーンが書きたかったので♪

オトコとはとかく ど〜でもいい・昔のモノ に拘りますな・・・